Yaffee's Whisky Blog

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アメリカの禁酒法


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VitabelloによるPixabayからの画像

 

 

 

1920年から33年にかけて施行されたアメリカの禁酒法。この法は「最も高貴な実験」 ともいわれています。
この法律は飲酒による治安の悪化が問題となり制定されたわけですが、施行後さらに治安を悪化させました。この悪名高い禁酒法の始まりや施行後・廃止後の世界はどういうものだったのか?禁酒法前後でウイスキーにはどのような影響があったのか?というところを見ていこうと思います。

 

 

・禁酒運動の始まり

 

 

アメリカが独立して間もないころから、禁酒について議論されていました。お酒というものは「神様から賜った授かり物」である一方で酔いは「悪魔の仕業」という考えが一般的でした。
この考えは個人の節度を問うことが多く、お酒自体を禁止する考えは少なかったそうです。

 

南北戦争後の1869年に禁酒党が創設されると禁酒運動は激化していきます。

また禁酒主義活動家で有名なキャリー・ネイションの活動が知れ渡るようになります。

 

・キャリー・ネイション

 

 

禁酒法を語るうえで欠かせない人物キャリー・ネイション。要は「禁酒主張として活動し続けたおばさん」ですが、キャリー・ネイションはまさかりと聖書を片手に町中のバーや酒屋に乱入、ボトルや店内を破壊し、そこにいた客を叱る といったかなり過激な運動を行います(過激すぎてもはや自分が治安悪化させてる!笑)。この時代暴飲による治安悪化が著しかったため、この行動には賛成派も多く賛否両論。これによりネイションが活動していたカンザス州は1881年に州憲法で初めてアルコールを禁止します。

 

破壊活動を行っていたネイションですが、もちろん活動とともに何回も逮捕されていますが、禁酒に対する講演会の報酬やお土産用のまさかり(!?) を売ってその罰金を払っていたそう。

 

 

禁酒法制定

 

 

1914年から始まった第一次世界大戦アメリカは帝政ドイツと戦争することとなります。アメリカ国内での反禁酒派(ウェット)はドイツ系アメリカ人が多く、反禁酒派は発言力を失っていきます。またアメリカの大手ビールメーカーはドイツ系だったこともあり、「ビール=ドイツ=悪」という流れができていきます。
またこの時にアルコール業界内でも、ビール業界が「諸悪の根源はウイスキー業界だ」と主張し規制から逃れようと足を引っ張りあいます。(醜い争いがあったわけですね。)そのためアルコール業界内でも結束して反対運動ができず、1917年全米で禁酒法を達成させる合衆国憲法修正案が両院を通過。1920年1月6日に0.5%以上のアルコールを含む飲料を消費のために製造・販売・輸送を全面禁止する禁酒法 が施行されます。

 

 

禁酒法の影響

 

アメリ

禁酒法以前からあった醸造所や蒸留所は閉鎖していきます。しかし、医師から処方される薬用酒は禁止になりませんでした。(ちなみに癖の強さからラフロイグは薬用酒扱いだったそう
またカナダなどはアメリカへの密輸をやめませんでした。そのため「もぐり酒場(スピークイージー)」がアメリカ全土にできたり、「密造酒(ムーンシャイン)」が作られたりと禁酒法施行以前より酒が飲まれるようになります。密造酒やもぐり酒場、酒の輸送で暗躍したのが「ゴッドファーザー」で有名なアル・カポネなどのギャングたち。酒を争ってギャングたちの抗争が起きたため、そのため禁酒法施行以前より治安を悪化させる影響となりました。

 

禁酒法がもたらした恩恵というのもあって、この時代に飲んでいるお酒をお酒と見せないために カクテルの文化が大きく発展 していきます。ロングアイランドアイスティー、ブラッディ・メアリー、スクリュードライバーなど一見お酒に見えないカクテルが広まっていきました。

 

禁酒法廃止後、特にウイスキーなど熟成させるお酒で、色でごまかしたものや原料をごまかした粗悪品が横行し、廃止後すぐに蒸留酒に対する規則が定められるようになります。

 

スコットランド

 

スコットランドなどのイギリスの属国はアメリカの禁酒法時代にアメリカ以外の植民地や海外県などイギリスの息のかかったところに輸送し事なきを得ます。

さらに本土の多くの蒸留所は廃止を見越して生産量を増加させ、廃止後安価なブレンデッドをはじめ多くのスコッチをアメリカへ輸出したことで今日の蒸留酒の王様としての地位を確立させます。

しかし、アメリカが最大マーケットだったキャンベルタウンのウイスキー蒸留所は禁酒法施行で大ダメージを負い、ほとんどの蒸留所が閉鎖を余儀なくされました。

 

アイルランド

 

この時のアイルランドはイギリスから独立したため、大英帝国の商圏から締め出されていました。そこにもともと最大マーケットだったアメリカで禁酒法が施行されアメリカ市場までも失い、急激に衰退していきます。大量にあった蒸留所は最終的にミドルトンとブッシュミルズのみとなってしまいます。

 

・カナダ

 

アメリカのところでも書いたようにアメリカへの密輸でカナディアンウイスキーは大きく利益を得ます。「アメリカのウイスキー庫」と呼ばれるようになり、禁酒法廃止後もアメリカ国内に浸透し、大きく発展していきます。

 

アメリカの周辺諸国

 

多くのアメリカ人はお酒を飲むために国境を越え、メキシコやカリブ海キューバなどを訪れたため、周辺諸国醸造所や蒸留所は大きく発展しました。

 

 

 

 

多くの国々やお酒に影響を及ぼした禁酒法

 

そんな禁酒法時代のボトルをイメージし、禁酒法以前の味わい深いバーボンを再現した「ノブクリーク」を片手に禁酒法時代のアル・カポネを描いたドラマシリーズ「アンタッチャブル」見て、お酒をたしなんでみるのも楽しいかもしれません。

 


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