Yaffee's Whisky Blog

穀物、水、イーストという3つの材料から多彩な味が生まれ、長い熟成で気候風土や歴史、いろんな文化も取り込んで感慨深いお酒となっていくことがウイスキーの魅力だと思います。その魅力を少しでも伝えられるよう様々な情報を発信できたらと思います。またウイスキー以外にもいろいろな良酒たちをご紹介できたら幸いです。

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アイリッシュウイスキーとは?

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穀物類を原料とすること

麦芽に含まれる酵素で糖化させること

酵母の働きによって発酵させること

・蒸留液から香りと味を引き出せるアルコール度数94.8%以下で蒸留すること

・容量700ℓ以下の木製の樽に詰めること

アイルランド、または北アイルランドの倉庫で3年間以上熟成させること。

 

アイルランド共和国北アイルランド間を移動させてもOK 。その際、熟成期間は累計で計算されます。

あとスコッチウイスキーでは熟成で使える樽はオーク製の樽のみでしたが、 アイリッシュウイスキーでは木製であれば基本的にどの素材の樽で熟成してもアイリッシュウイスキーと呼ぶことができます 。現に桜の樽で熟成させている蒸留所もあるようです。

 

 

 

 

<誕生>

アイリッシュウイスキー実はスコッチウイスキーより歴史が長い といわれています。アイスランド蒸留酒が造られていた証拠となる最初の記録はヘンリー2世がアイルランドに侵攻した時にその兵士がアイルランドで「ウスケボー」という穀物蒸留酒があることを報告した記録です。12~13世紀ごろヨーロッパで蒸留酒が一般的に飲まれるようになってきたぐらいで、アイルランドでもほぼ同時期に飲まれるようになっていたと考えられます。しかし当時の蒸留酒は蒸留したてをそのまま飲むか、干しブドウや果物、香料、スパイスで香り付けしたもので今のように樽で熟成させて飲むものではなかったようです。

アイリッシュウイスキーの全盛期>

18世紀にかけてウイスキーの産業化が始まります。この時がアイリッシュウイスキーの全盛期となります。この当時のウイスキーといえばアイリッシュウイスキーのほうが、人気が高く、ロシア皇帝ピョートル大帝アイリッシュウイスキーを愛飲していたエピソードもあります。しかし時代はイングランドによるアルコールに対する税率が高かった時。アイルランドにもたくさんの密造所ができていました。1823年スコットランドと同じように酒税法改正されますが、アイルランドではイングランドへの反逆の姿勢として公認蒸留所にならないところが多かったようです。ここからもよりアイルランドのほうがイングランドへの反逆心が強かったと見えます。

そこから1840年代に入りスコッチウイスキーアイリッシュウイスキーの生産量を上回り始めます。

 

アイリッシュウイスキー衰退>

アイリッシュウイスキーが衰退した原因は大きく3つあるといわれています。

 

1、連続式蒸留機の発明とスコッチブレンデッドウイスキーの誕生

 

1831年アイルランドのイーニアス・コフィが連続式蒸留機を発明し、特許を取ります。これはアイリッシュウイスキーの更なる発展を期待して発明・特許獲得しましたが、アイルランドの蒸留所の人々には見向きもされませんでした。当時スコッチウイスキーは癖の強いモルトウイスキーしか作っていなかったため、スコットランド以外での人気は少なかったですが、アイルランドが作るポットスチルウイスキー穀物感とスパイス感がありつつスムースで比較的飲みやすいもので、アイルランドの蒸留所ではこのポットスチルウイスキーに誇りを持っていました。そのためよくわからない機械で造るウイスキーに抵抗があったようです。

しかしこの連続式蒸留機にスコットランド・ローランドの目をつけ、グレーンウイスキーを製造、癖の強いモルトウイスキーと混ぜたブレンデッドウイスキーを作ります。するとモルトウイスキーの癖が個性としてきれいにまとまり、かつアイリッシュウイスキーより飲みやすい新しいウイスキーが出来上がり、アイリッシュウイスキーより人気が高くなります。

 

2、アイルランド独立戦争

1916年の「イースター蜂起」によりアイルランドではイギリスとの間の独立戦争が激しさを増していきました。1922年にアイルランドアイルランド自由国として独立すると北部はイギリスに残り、国は2つに分かれます。さらに大英帝国の商圏(イギリス、カナダ、インド、オーストラリア、南アフリカニュージーランドなど)から締め出され、アイリッシュウイスキーは大幅に市場を失うこととなります。

 

3、アメリカの禁酒法

1920~33年のアメリ禁酒法はスコッチにも大きな影響を与えましたが、大英帝国の商圏から締め出され、またアメリカ依存の高かったアイルランドは特に被害を受けることとなります。

 

この3つとさらに第2次世界大戦が重なり、ついにたくさんあったアイルランドの蒸留所は2つ(ブッシュミルズ、ミドルトン)だけとなります。

 

 

経済が安定し始めた1972年頃にアイリッシュは残ったすべての蒸留所が国境を越えて合併し、IDG(アイリッシュディスティラリー・グループ)を成立。生産拠点を南の新ミドルトンと北のブッシュミルズの2か所に集結されます。

1987年に新しく第三勢力としてクーリー蒸留所ができると2007年にキルベガン蒸留所が復活。2010年以降たくさんのマイクロ蒸留所ができ、今怒涛の勢いで復活してきています。

 

次回はアイリッシュウイスキーの種類と製造についてまとめていこうと思います。