Yaffee's Whisky Blog

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ウイスキー界で今一番コスパ最強のスコッチブレンデッドウイスキーの世界!!

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近年モルトウイスキーブームでシングルモルトモルトウイスキーの人気や関心が高くなっています。しかし今でもスコッチの売り上げ上位にはブレンデッドウイスキーが入り、販売量の90%近くはブレンデッドウイスキーが占めています。

またウイスキーブームに伴って世界中で原酒不足が起き、ウイスキーの価格が高騰し続けています。その中 スコッチのブレンデッドウイスキーコスパの高く、再度注目が集まっています。

年数表記のないものなら1000~2000円で1本購入することができ、その価格ながら圧倒的な品質の高さと飲みやすさがウイスキー初心者にも受けているのだと思います。

そんなブレンデッドウイスキーの世界をのぞき、最後に僕がおすすめするスコッチブレンデッドウイスキーをご紹介させていただこうと思います。

 

ブレンデッドウイスキーの誕生

 

ウイスキーブレンドの始まり

 

 

 

ブレンデッドウイスキーは1853年エジンバラの酒商アンドリュー・アッシャーが考案しました。初めて発売されたブレンデッドウイスキーは年数の異なるグレンリベットの樽をブレンドしたもので「アッシャーズ・オールド・ヴァッテッド・グレンリベット・ウイスキー」という名で販売されました。

 

基本的には当時のウイスキーの販売は蒸留所から樽で運ばれてくるウイスキーそのままを店頭で量り売りする形で販売していました。つまり今でいうならすべてシングルカスクのようなものだったそうです。ウイスキーは1樽ごとに味わいが変わります。したがってこの方法では 同じ蒸留所でも毎回味の違うものが販売されてしまう ことになります。アンドリュー・アッシャーが樽を混ぜようと思ったのは消費者から「前回のウイスキーと今回のウイスキーの味が違う」という意見を聞いたからです。

 

味を均一にするためにはどうしたらよいか考えたアッシャーは、 香水や紅茶が一定の品質になるようにブレンドされていたこと に目を付けます。ウイスキーブレンドによって味の均一化が図れるのではないかそう考えたアッシャーは早速ウイスキーブレンドを始めます。そうしたところ 味のばらつきはなくなり、さらに風味が増しておいしく なりました。アッシャーのブレンドはたちまち評判となり、スコットランド中で引っ張りだこになりました。

しかし当時のブレンデッドウイスキーは今でいうなら「ブレンデッドモルトウイスキー」。つまりグレーンウイスキーの入っていないものでした。それはもともと少し後の時まで法律でグレーンウイスキーが「ウイスキー」として認められていなかったからです。

 

 

連続式蒸留機の実用化とグレーンウイスキーの誕生

 

 

 

上の見出しではウイスキーブレンドを生みだしたアンドリュー・アッシャーについてみましたが、ブレンデッドウイスキーを語る上でグレーンウイスキーや連続式蒸留機の存在は欠かせません。スコッチは長いことモルト100%のウイスキーしか存在しませんでした。グレーンウイスキーが造られるようになったのは、 イーニアス・コフィによるコフィー式連続蒸留機が発明された1831年以降 。それまでも連続的に蒸留が行えないか、もっと効率の良い蒸留機はできないかと様々な学者が開発してきました。その中で実用化されたのがコフィー式連続蒸留機です。この発明により モロミと蒸気を供給しつづければ、何日でも蒸留しつづけることができる ようになりました。

 

イーニアス・コフィはアイルランドウイスキー発展のためこのスチルを発明。多くの人に使ってもらえるようにと特許申請しましたが、当時ポットスチルで蒸留することに誇りを持っていたアイルランドウイスキー業者やスコットランド・ハイランドのモルトウイスキー業者にも評判が悪かったそうです。「職人の勘や経験で造られていたウイスキーをいきなり機械がずっと造り続けるなんて……」そんな解釈があったのだろうと思います。

 

このスチルに目を付けたのがスコットランドの大都市を抱えるローランドの蒸留業者たち。モルトウイスキーではハイランドの個性に勝てないが、安価なグレーンでウイスキーを造れば……と考えました。そして当時安く手に入ったトウモロコシを主原料に使ってグレーンウイスキーを作るようになります。

職人が作る手作りで少量生産の風味豊かなモルトウイスキーに対極する安価で大量生産が可能なニュートラルに近いグレーンウイスキーが誕生 します。そしてこの二つを混ぜたらどうなるか考える人たちが現れます。それがアッシャーであり、アッシャーの成功を見ていた酒商たちです。

 

ワインの悲劇「フィロキセラ」がスコッチには幸運に

 

 

 

1860年酒税法改正によってモルトウイウイスキーとグレーンウイスキーブレンドが可能となりました。これを受けてブレンドに挑戦するものが続出します。それが今日でも有名ブランドのジョニーウォーカーバランタインデュワーズ、シーバスリーガル、ホワイトホースなどで、大概が19世紀後半~20世紀初頭に誕生しています。一介の酒商に過ぎなかったかれらが今では世界的なブランド、大企業へと成長しています。

 

しかし彼らも順調に成長したわけではありませんでした。それは ロンドンを含め当時ウイスキーが飲まれることが少なかったから です。ロンドンでは食前はシェリーかジン、食虫はワイン、食後はポートかブランデーで、スコッチは 煙臭く荒々しいため好まれていませんでした。ウイスキーならまだアイリッシュのほうがまし。 そんな認識だったようです。そこに誕生したのが安価で飲みやすくなったスコッチブレンデッドウイスキーです。

 

この時ヴィクトリア女王から始まる空前のスコットランド・ハイランドブーム 。ロンドンの上流階級の者たちがハイランドを夏の避暑地として訪れるようになり、そこでブレンデッドウイスキーが飲まれるようになります。しかしまだスコッチがブランデーに勝つことはかないませんでした。

 

そこにワインやブランデーに悲劇が訪れます。それが「フィロキセラ」、アブラムシの一種によってヨーロッパ中のブドウの木が枯れていまいます。 ブドウが手に入らなくなったことでワインやブランデーも手に入らなくなってしまいました 。そこでブランデーに代わる酒としてスコッチのブレンデッドウイスキーが飲まれるようになります。それが1880~90年代にかけてのことです。この年はスコッチにとって 「黄金の10年」 とも呼ばれていて蒸留所の建設ラッシュが起きます。また成功を収めていたブレンデッド業者たちが相次いで自分たちの原酒確保のために蒸留所を保有するようになります。それがデュワーズアバフェルディティーチャーズのアードモアなどです。

 

しかしこの10年間よりさらに蒸留所建設ラッシュとなっているのが現在のクラフト蒸留所が造る10年。そしてそろそろその時にできた蒸留所でウイスキーが出来上がるころ。これからさらにさまざまなウイスキーが出ると思います。クラフトマンシップな新しいブレンデッドウイスキーなんかも出てくるかもしれません。まだまだ目の離せないウイスキー業界。もっと沼にはまってみてはいかがでしょうか。

 

次回はスコッチブレンデッドの紹介をしていこうと思います。


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