ウイスキーはスチルや樽に注目されがちですが、酵母や菌によっても味わいが左右されています。
実は、酵母が変わるとウイスキーの味わいも変わってしまうのです。
ところがウイスキーは蒸留酒であるため、「発酵」のイメージがあまり持てないでしょう。
そこで今回は、ウイスキーの発酵工程に注目。
ウイスキーの発酵工程だけを詳しく見つつ、ウイスキーと酵母・微生物の関係性に注目してまとめていこうと思います。
はじめに……
最近スーパーやコンビニなどで「○○酵母使用」などと謳われたビールをよく見かけませんか?
酵母の違いがビールの味わいを大きく変えていることは何となく理解できるでしょう。
ところが、ウイスキーで酵母の違いを問いかけてもあまりピンときません。
蒸留酒であるウイスキーに酵母のイメージは結びつきにくいのでしょう。
ところが実は、ウイスキーでも酵母の影響は大きいです。
どのようにウイスキーに影響していくのでしょうか。
ウイスキーと酵母や菌など微生物の関係を詳しく解説していこうと思います。
『酵母』とは??
はじめに酵母についての基本情報をご紹介していこうと思います!!
酒造りに必要な酵母の種類
実は、酒造りに使う酵母は基本的には1種類のみ。
それは、
『サッカロミセス・セレビシエ
(サッカロマイセス・セレビシエ/サッカロミケス・セレビシエ)』
という「出芽酵母」と呼ばれるものです。
このサッカロミセス・セレビシエには、何種類もの亜種がいます。
- ワイン酵母
- パン酵母
- ディスティラリー酵母
- エール酵母
- ラガー酵母
など。
酵母の亜種というのは、
- セントバーナード
- シベリアンハスキー
- ゴールデンレトリバー
- 柴犬
- チワワ
- チャウチャウ
などなど様々ある犬種のように考えるとわかりやすいかもしれません。
犬種は違えど『犬』と大きく分けることができます。
ところが、それぞれ体の大きさ、餌の好み、性格まで全然違いますよね。
酵母も同じように
- それぞれ好みの糖分
- アミノ酸
- アルコール以外に作る副産物
など様々な違いがあります。
ライトでスムースな味わいになるものもあれば、フルーツのような香りが出やすいもの・アルコールをあまり作れないけど芳醇な香りを醸しだしてくれるものなどなど……
少なくともどの酵母を使うかによって蒸留前の発酵もろみは明らかに違うものが出来上がるのです。
そして発酵もろみに含まれる成分が変わるということは、蒸留後の原酒の味わいにも大きな影響を与えます。
その違いは、長い熟成期間を経ても原酒の個性として残り続けることもあるのです。
実はあった例外のアルコール発酵!!
『酒造りに使う酵母はサッカロミセス・セレビシエの1種類のみ』と前記しましたが、例外があります。
世界中で飲まれているラガービールの発酵に使われている「ラガー酵母」は、サッカロミセス・パストリアヌスという学名が付けられた酵母です。
サッカロミセス・セレビシエの近縁種であるサッカロミセス・ユーバヤヌスとのハイブリットだそうで、複雑なゲノム構造を持っていることが明らかとなっています。
また、ごく一部のテキーラでは、ザイモモナス・モビリスという細菌もアルコール発酵に関与していて酵母と併用してアルコール発酵させることがあります。
この細菌はもともとブルーアガベが持っていた常備菌のようなものと考えられているそう。
そしてこの菌が使われている酒は、確認できているだけではテキーラとその蒸留前の段階といわれている醸造酒のプルケのみだそうです。
そしてもう一つ例外があります。
それが、シゾサッカロミセス・ポンべという酵母です。
アフリカの伝統的なミレットビール(ポンべ)から発見された酵母だそう。
『アフリカ奥地の民族に会いに行った』系のTV番組でよく見るちょっと怖いあのビールです。
サッカロミセス・セレビシエとは何が違うかというと……。
分裂の仕方・増え方が違います。
サッカロミセス・セレビシエは、出芽・芽が出るように子供酵母みたいなものを作って増えていきます。
ところが、シゾサッカロミセス・ボンベは他の細菌と同じように分裂して増えていくそうです。
そして実はこの酵母が使われているウイスキーがあります。
2018年のディアジオスペシャルリリースの一つ、『グレンエルギン18年』。
※検索結果によっては2018年スペシャルリリースの『グレンエルギン』が出てこない可能性があります。
通常のディスティラリー酵母のほかに、このボンベ酵母を使った原酒が2018年のディアジオスペシャルリリース「グレンエルギン18年」に使われているそうです。
ウイスキーと酵母の関係
『酵母には、たくさん種類がある。』
このことがなんとなくご理解いただけたのではないでしょうか。
その中でもウイスキーに主に使われる酵母は、エール酵母とディスティラリー酵母と呼ばれるものです。
エール酵母はイギリス伝統のエールビールに使われる酵母のことを言い、ディスティラリー酵母は蒸留酒造りの適正に合わせて開発された培養酵母のことを言います。
それぞれの違いを紹介していきましょう。
エール酵母とディスティラリー酵母
ディスティラリー酵母が開発されるまで、ビール醸造所から余ったエール酵母でウイスキーは作られていました。
1950年代に生産効率のいいディスティラリー酵母が開発されると、多くの蒸留所は酵母を変更しました。
現在では、ディスティラリー酵母がメインに使用されています。
ところがディスティラリー酵母とエール酵母を併用したら、よりウイスキーの品質が向上することが最近なって判明。
スコットランドや日本の蒸留所をはじめ、ディスティラリー酵母とエール酵母を併用するところが増えています。
品質が向上した理由には、「成熟酵母」です。
栄養分が枯渇したときに、酵母は成熟酵母として液胞という個所に生きるために必要な成分をため込むようになります。
ディスティラリー酵母は成熟酵母になりますが、通常エール酵母単体では成熟酵母にならず死滅してしまいます。
ところがディスティラリー酵母とエール酵母が共存していると、エール酵母も成熟酵母となり生存するそうです。
エール酵母が成熟酵母となることで、エール酵母単体で使用した時より多様な成分が生まれ、ウイスキーの味わいにいい影響を与えるようになると考えられています。
「ウイスキーの科学」という本にその詳細が載っています。詳しく見たい方はぜひ!
近年、多くのスコッチ蒸留所が酵母にさらに深くこだわりを持つようになりました。
使用した酵母を謳ったウイスキーも出てきています。
実際、酵母の違いによって出来上がるウイスキーの差は天と地ほど違います。
蒸留しても、10年以上も熟成しても酵母の違いというのが確かに残っています。
実際僕も蒸留所見学などで酵母の違いを飲ませていただきました。
フルーティだったり、出汁のようなうまみを感じたり……。
酵母の違いによる原酒の違いは結構分かりやすかったです。
また、新しい酵母でウイスキーを造ってみるチャレンジをした蒸留所は増えてきています。
エール酵母、ディスティラリー酵母だけではなく、ワイン酵母や清酒酵母を使ってみたり、花から採れた酵母を使ってみたりと……。
『1950年代蒸留のウイスキーにある芳醇できわめてフルーティーな香りは酵母によるものだったのでは?』
と考える人もいるみたいです。
ウイスキーの発酵工程
ウイスキーの発酵工程は、大きく5つの手順があります。
- 麦汁の冷却
- 発酵槽へ移す
- 酵母投入
- 酵母が糖からアルコールを生成
- 発酵液(モロミ)の完成
麦汁の冷却
ウイスキーの発酵工程はまず麦汁の冷却から始まります。
基本麦汁は、でんぷんを糖化しやすい60℃前後の温度で抽出されます。
この温度のまま酵母を投下してしまうと、酵母は死んでしまいます。
そのために、麦汁を酵母が活動しやすいように20~22℃程度まで冷却します。
その方法は、かつてはオープンワーツクーラーという自然冷却や簡易的なコンデンサーを使っていました。
今でも使っている蒸留所はスコットランドのエドラダワー蒸留所です。
今では熱効率がいい熱交換器(ヒートエクスチェンジャー)が主流となっています。
発酵槽へ移す
冷却された麦汁を発酵槽へ移していきます。
この時どういう発酵槽を使うかによって出来上がる原酒に大きな影響を与えます。
ステンレス製と木製(ダグラスルファ―など)の発酵槽がありますが、現在の主流はステンレスタンクです。
ステンレス製は、温度管理や細菌管理、その後の清掃が楽という利点があります。
ところが、木製の方が酵母発酵以外に乳酸菌などの他の細菌の発酵が促進しやすいという傾向があり、どちらを採用するかは蒸留所のこだわり次第です。
ステンレス製発酵槽 | 木製発酵槽 | |
---|---|---|
メリット |
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デメリット |
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中には、両方とも保有し使い分けている蒸留所もあります。
酵母投入
発酵槽に移した麦汁に酵母を投下していきますが、ウイスキーに使われる『ディスティラリー酵母』や『エール酵母』は純粋培養酵母です。
ビールのランビックなどでは「野生酵母」が使用されますが、ウイスキーで野生酵母が使用されることはほとんどないでしょう。
ウイスキーはビールのようにホップの投入や麦汁の煮沸消毒が行われないため、複雑に様々な微生物が存在しています。
酵母のアルコール発酵が優位に行われるようにビールより多めの酵母が投入されます。
アルコール発酵が優位に行われますが、さまざまな微生物による発酵も並行して行われてるため、ウイスキーの発酵工程は複雑だと言えるでしょう。
酵母が糖からアルコールを生成
投入すると徐々にアルコール発酵が起きていきます。
アルコール発酵開始から大体15時間ぐらいまでは酵母は糖やアミノ酸を食べ増殖。
どんどんアルコールが生成されていきます。
この時4~10倍ほどに酵母が増えるといわれています。
増えた酵母によって、麦汁は濁って見え、徐々に華やかな香りが立ち込めてきます。
その後15~40時間後、発酵最盛期を迎えます。
酵母によってモロミの温度が上昇、炭酸ガスやアルコールの生成量が増えていきます。
反して糖とアミノ酸は減少。
酵母のえさとなる糖やアミノ酸が減少すると酵母の増殖もストップします。
発酵開始から40時間後、酵母自身が生成したアルコールと糖分・アミノ酸の減少により死滅酵母が増えていきます。
そして死滅した酵母の体内からアミノ酸が流出。
そのアミノ酸と多糖類(非発酵性糖類・酵母が取り込めない結合サイズの大きい糖類)を栄養に乳酸菌増殖。
乳酸が増えていきます。
そして、発酵時間が長くなれば長くなるほど乳酸菌発酵が進むようになります。
むせ返るような酸っぱいにおいとなりますが、ウイスキーでは乳酸発酵も重要な発酵工程です。

発酵液(モロミ)の完成
こうしてモロミは完成します!!
ビールの場合ろ過をして酵母を取り除くことが多いですが、ウイスキーは死滅した酵母や乳酸菌を残したまま蒸留します。
死滅した酵母が蒸留時に様々な香味を生むポイントとなるようです。
酵母がウイスキーにもたらすこと
酵母はアルコールと炭酸を造るだけではないです。
酵母は、香りや味に影響する副産物を作り出します。
実際にパンやビールだとわかりやすいと思いますが、酵母の違いによって味わいが異なります。
前に知多蒸留所や富士御殿場蒸留所に見学にいたせていただいたとき、スチルと酵母組み合わせ違いの原酒を飲ませてもらったことがあります。
この時にお互いのヘビータイプの原酒に共通して感じた「鰹節、出汁」のような香り。
これは、両蒸留所とも「酵母由来の成分も多い」といっていた覚えがあります。
ライトタイプには全くないフレーバーでした。
酵母が味わいに変化を与えることに着目していたのが、バーボンなどアメリカンウイスキーの蒸留所です。
アメリカンウイスキー蒸留所は、自家培養酵母を使う蒸留所も多くあります。
中には数百種類の酵母の中から選んで使うところもあるようです。
有名なところだとフォアローゼスです!!
サントリーもキリンもアメリカに蒸留所を所有しています。
そこから知識や技術を学んでいたのでしょうね!
酵母以外で役立っている菌、微生物
乳酸菌が名助演!!
ウイスキー造りに欠かせない菌は、酵母以外には乳酸菌がいます。
主にウイスキーの発酵工程では、酵母のアルコール発酵の後に乳酸菌による乳酸発酵が起こります。
酵母は、食べられるサイズの糖を食べアルコールを作っていきます。
しかし次第に食べられる糖がなくなり、生成したアルコールで酵母自身が生活できない環境になっていきます。
そうなると酵母は死滅。
そして、死んだ酵母と酵母が食べられない大きい糖分を栄養に活動しだすのが乳酸菌です。
生まれた乳酸によって発酵槽の中はむせかえるような酸っぱいにおいになります。

しかしこれがウイスキー造りには必要なのです。
ポットスチルの材質は銅。
その銅は、モロミの中にある嫌な香り成分のもととなる硫黄を除去することができます。
しかし、銅の表面に硫黄と銅が反応した物質がこびりつくそう。
この汚れをきれいにするのが乳酸!!
乳酸によってポットスチルの内側を常にきれいにすることができるそうで、硫黄成分をより取り除きやすくしてくれます。
乳酸発酵を促したモロミを蒸留すると、硫黄の香りが少ないライトな酒質になりやすいそうです。
蒸留所にも「蔵つき」がいる!!
今までウイスキーの発酵工程について書いていきましたが、実は糖化工程でも菌に関する面白い研究結果があります。
とある蒸留所でステンレス製の糖化槽の中の菌を大掃除前後に採取。
ほとんどの菌がいなくなっていることを確認するまで徹底的に掃除したそうです。
それもゼロに近いぐらいに。
そして、稼働を始めて1~2週間後もう一度糖化槽の菌を再び調べてみたところ……。
大掃除前と全く同じ菌たちがいたそうです。
そこで別の蒸留所でも同じことをしたら、全く同じ結果になったそう。
モルトにもついていない菌も多くいたそう。
その菌とは、蒸留所の常備菌だそうです。
日本酒の酒蔵では「蔵つき」という言葉があります。
蔵に住み着いている酵母など常備菌のことで、この微生物たちが日本酒に命を吹き込んでいるという考え方です。
ウイスキーでも同じことが言えるようですね。
最後に……
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回のお話いかがだったでしょうか?
ウイスキーでも微生物の働きによって、味わいが大きく左右されます。
酵母はもちろん乳酸菌、蒸留所の常備菌などの助けもあり、琥珀色の美酒は完成しているのです。
ところが、現在「酵母の違い」まで分かるウイスキーはマニア向けの限定品しか味わうことができないでしょう。
さらに大々的に酵母の違いを紹介しているメーカーはありません。
それだけウイスキーで酵母の違いを紹介することが難しいのだと思います。
蒸留所見学などに行くと、まれに酵母の違いの原酒を試飲できる機会があります。
よりマニアックにウイスキーを楽しむために蒸留所見学の旅に出かけてみるのはいかがでしょうか?
それでは良いウイスキーライフを!!
また次回もよろしくお願いします!!
コメント
コメント一覧 (1件)
Zarugawaさん>酵母って調べてみると奥が深くて面白いんですよね。